●くうそうあそぶ●-食走想遊ー

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【出】11/16(木) バイトP、銭湯の脱衣籠を買う。

11/16(木) バイトP、銭湯の脱衣籠を買う。

銭湯の脱衣籠を買う。

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 バイトP、4am-9:45am。

帰宅後、洗濯掃除などなど。

少し前、野比駅近く古道具屋前、ちらっとみかけた籠が気になり、

スクーターでみにいってみる。

やっぱりいいかも、と、。

いくらですか?とたずねると、2500円とのこと。

二つ買ったら1個2000円になりますか?ときくと、いいですよ、と、すんなり。

スクーター足元に乗せ、帰宅。

 

裏庭にでて、入りこんだ埃をとり、乾拭きをしていたら、

そういえば、銭湯、いってたなぁ、と、

もくもくと想いが浮かんできた。

 

東京都豊島区 5歳まで、裏の駄菓子屋前に集合して近くの銭湯へ通う。

駄菓子屋のおばさん、(通称ママちゃん)が、

〇ちゃん、いちだんにだんさんだん、と、肥満児だった自分のお腹をみて、

いつもそういいながら身体を洗ってくれたのが、懐かしい。

自分と年が近い女の子がこの銭湯の1人娘で、

浴室裏のボイラー室へよくつれていってもらった。

銭湯店主で彼女のお父さんは、いつもステテコに腹巻で、(バカボンのパパ風)

ボイラー室にある板の上で新聞を読む姿だけが印象に残っている。

自分が杉並へ移動する少し前、この銭湯は取り壊されて、駐車場に、なった。

 

東京都杉並区 23歳から33歳、南阿佐ヶ谷駅・書原裏にある大きくて古い銭湯へ通う。

薪で湯をわかしているので、身体の芯までほんわりあたたまる。

貸ロッカーがあり、女店主に認めてもらえると、その貸ロッカーを利用することができる。

自分が認めてもらえたのは、27歳くらいのころだったと、おもう。

30歳を過ぎて社会人大学生になった時、書原でバイトをする、

その頃の書原店長がお風呂へ入らない男性で、

ちょっといい加減お風呂入ってこい、と、

仕事中、その銭湯へ行くことを社長から命じられていた、という、思い出話も、あり。

自分が35歳で西荻窪へ引越した後、気がついたら、

マンションになり、その銭湯は、なくなっていた。

 

古道具屋で買った脱衣籠を掃除しながら、

遠くに見える海を時々眺めながら、そんなことをおもいだす。

 

なんだかノスタルジックな気持ちになるのは、

自分の過去が既に遠く、そして、それらの銭湯も既になくなり、遠く自分の記憶の中にだけにある、

という、そんなものだからなのだと、おもったりする。