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●くうそうあそぶ●-食走想遊ー

書きたくなった時、そのとき書きたいことなんでも。

【走】【想】ハイエース岩手旅行その4:自分が感じた2年半後の3.11、大船渡~久慈~袖ケ浜。

 

8/11~8/15

WEXレース後、夫は大学時代を過ごした大船渡へ、

自分的には“あまちゃん”ツアーをしたくて、岩手県旅行をすることにしました。

 

そしてたった5日間の岩手旅行にもかかわらず、

そこにはずっしりと深く至る所に、3.11東日本大震災の事実、があることを、

あらためて実感しました。

 

岩手県旅行、自分が感じた3.11、東日本大震災のほんの欠片、です。

 

 

8/12 3.11から約2年半後、大船渡の書店にて

 

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夜、北上していく45号線は真っ暗で、

周辺には何もない区間が続き、時々、コンビニが、ポツンという感じ。

 

 

そんななかで、何よりも気持ちに深く入ってきたのは、

3.11の被害が大きかったことが容易に想像できる、

いくつもいくつも設置されている、この標識。

 

 

 

45号線、ずっと、たくさんのところ、こんなところまでに、というところまで。

 

津波浸水区区間」            「過去の津波浸水区間ここまで」

 

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夫が大学時代に下宿していた、三陸鉄道三陸駅前。

 

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大船渡では、夫が大学時代お世話になったバイクショップ、

その社長さんからご自身が体験された震災のことをきかせていただく。

 

この周辺のバイク屋の店主はみんな亡くなっている、

お客さんのバイクを運んでいるのが最後の姿だった、

それはやはりお客さんのバイクを守ろうとする、そんな人が数人いる、

 

それに、新聞やテレビで報道されていない、とてもコワいことが、

いろんな場所でいくつもおきていた、

でもそれは、それくらい普通ではない状態だったから。

 

みんな大変なのは同じだからと、社長さんは明るくお話しをされていたけれど、

自分は、良い人でもないのに、少し涙がでそうだった。

 

 

 

 

そして、その先、久慈駅へ到着。

ここはまだまだ、“あまちゃん”ムードで、盛り上がっている。

 

自分もやはり、もれなく“あまちゃん”モード。

リアスのモデルとなった喫茶モカ三陸鉄道久慈駅あまちゃんハウス

 

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そして久慈駅から「あまちゃん」ロケ地、袖ケ浜へ。

ボランティアさんがいろいろ説明をしてくれる。

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袖ケ浜の入口、閉めたこの門を津波が乗り越えてきた。

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この門を入った先、この電柱、下の電線まで津波がやってきた。

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あまちゃん」ドラマ内で春子さんが離婚届を投函したポストがあった場所、

そこに並んでいる「津波襲来の碑」

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この碑の左側、海女クラブのメンバーが“いつでも夢を”歌いながら下りてきた坂道。

そしてこの左奥が、ドラマ内の海女クラブとなった建物。 ♪いつでも夢を~♪

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さらに、2014年8月のリアル海女クラブのお嬢さんたち。

後程画像追加。

 

 

そして、この碑の後ろにある山の上、

ゆいちゃんのお兄さん「ひろし」「ストーブさん」のいた監視小屋。 

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津波襲来の碑、その斜め奥にある夫婦岩、そこにかかる縄まで津波が到達。

その夫婦岩の右側が、ドラマ内あきちゃんがウニをとっていた場所、

                   あきちゃん、ウニ、とった~

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 さらに、夫婦岩を奥へ進むと、袖ケ浜で津波から唯一残った1艘、

現在ある他の船は全国からの寄付なのだそうです。 

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そしてこの船の先、「あまちゃん」に登場する灯台。

走るあきちゃん、海に飛び込むあきちゃん、ウニ死ね、海死ね、の春子さん。

 

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震災と津波があった袖ケ浜、ロケ地としての袖ケ浜、今・現在の袖ケ浜。           

 袖ケ浜、3.11震災、津波「あまちゃん」

そして、今現在の袖ケ浜、今現在の岩手県

 

自分の中で、本当に少しだけその「事実」を感じることができたような、

自分勝手で独りよがりなのだけれど、そんな気持ちになりました。

 

 

 

 

 そしてそれから、道の駅くじへ。

 

企画展のあまちゃんイラスト展、絵がさわやかで良い感じ。

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と並んで、

 

 

復興の狼煙ポスター、なんとも言えない気持ちになってくる。

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これが、自分が感じた、3.11東日本大震災津波の事実、

ほんの欠片、だけなのだけれど、2年半後の3.11。

 

 

大船渡~久慈~袖ケ浜。

 

当時神奈川で、報道を通じてみていた、3.11。

何かできることをと、みんなで寄付金をしたり、支援物資を送ったりと、

それもそうなのだけれど、やはり、自分で直接感じることが大切だと、

あらためて思う。

 

その事柄を想像することの大事さ、

さらに、想像を越えてくる事実に対する柔軟さ、と、しなやかさ、強かさ。

 

星野道夫 “浅き川も深く渡れ”

 

そんな事を思いつつ、碁石海岸レストハウスでみつけた、

“がんばっぺ!大船渡”、ハイエースに、貼りました。

 

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